2021年06月11日

十年一日のごとく変わらない教育はもう捨てよう

世界を変えた発見や発明がある。

しかし、人間というのはなんと自分の都合だけを考える存在か

便利ならばそれでいい。仕組みがどうであろうが、原理がどうであろうが

かまうことはない。利用できればそれでいい。

例えばテレビ、中身がどんな仕組みであろうが関係ない。

テレビの中身はブラックボックスとして、知らなくていいものになっている。

世界を変えた発見や発明にはどんなものがあるのか

半導体、トランジスタの増幅回路、増幅という現象がなかったら

この世の中はどんなだったろう。それにつづくコンピュータもできない。

ガソリンエンジン、ガソリンの爆発力で自動車社会ができた。

エンジンの発明は社会を変えた。世界を変えた。

モーターの発明、これは先に発電機があったようだ。

それで発電機がモーターにもなることがわかった。

ガソリンエンジンが消えてモーターだけになるようだが

大丈夫か?ガソリンエンジンの大発明は捨てるのか?

石油の使い道は化学的なものだけに移行していくのか?

最近AI=人工知能というものがどんどん発展している。

そこで起こる社会の大変革、一般大衆はただ見守るだけ。

不思議なことに明治時代と違ってこれらのことをどんどん

学習してやろう、教育でヒトを育てよう、という雰囲気は

全くない・・・・

せめて世界を変えた発見や発明についてどんどん取り入れて

教科書を変えていく必要があるのではないか?

先端技術はごく一部の秀才がやってくれているから?

教育は暇つぶしか、子守になっている。


いや、実は学習してやろうと思えばいつでも実行可能なのだ

そういう環境はこのネット社会では充分すぎるほどある。

だから、もう制度としての教育にはたよらない。

自分でなにが必要か、それもAIで答えを出して自分だけのカリキュラムを

組んで、自分で教育し、自分で学習していく・・・それが正解


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posted by レンズマン2 at 00:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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